著者インタビュー

第8回 『「気づき」をうながす文法指導—英語のアクティブ・ラーニング』

島田勝正(国際教養学部教授)

英語の文法というと、教師からひたすら文法規則の説明を受けたことを思い出す人も多いのではないでしょうか。このような一方的な文法指導から、生徒たちに「気づき」を促す授業への変革を提案しているのが、国際教養学部の島田勝正教授の著書『「気づき」をうながす文法指導—英語のアクティブ・ラーニング』(ひつじ書房)です。中学校・高等学校の教員経験もある島田教授に、本書について聞きました。

■ライフワークをまとめ、新しい考え方を提案したい

今回紹介する著書『「気づき」をうながす文法指導—英語のアクティブ・ラーニング』は、2022年12月に発行されました。本書を出された目的をお聞かせください。

本書を出した目的は三つあります。一つ目は、あと1年で本学を定年退職するため、今までライフワークとして取り組んできた、気づきを促す文法の教え方をまとめたかったことです。つまり、文法の説明に終始する今までの文法指導に代わる新しい考え方を提案したかったからです。二つ目は、理論から実践への橋渡しの本が書きたかったことです。世の中には実践例ばかりを紹介する本は多くありますが、本書では、実践の背景にある理論についても解説しています。もちろん、実践例も具体的に紹介していますので、教育現場で生かすことができると思います。三つ目は、私が担当している「英語科教育法」の受講生から、「教科書がほしい」という声があったからです。この科目は教員免許の取得に必須で、以前からそのような声がありました。

今回は、島田先生の研究室でお話を伺いました

■7つの観点から生徒に「気づき」を促す

本書には、第二言語を習得する過程において、意識化指導、認知文法、ディスコース、インプット、アウトプット、タスク、訂正フィードバックの7つの観点から、気づきを促すための指導方法が書かれています。この7つを取り上げた理由を教えてください。

この7つは、第二言語習得のプロセスと密接に関連した指導方法のオプションです。形式に焦点を当てた指導は、まず、言語形式に注意を向けさせる先行的指導と、生徒の問題に対応する反応的指導に分類されます。そして、先行的指導は意識化指導と言語処理指導に大別されます。意識化指導は演繹的な文法説明と帰納的な意識化タスクに分類されます。意識化タスクは認知文法やディスコースも含みます。言語処理指導はインプット処理とアウトプット処理に分類されます。反応的指導は訂正フィードバックを指します。そして、タスクはインプット・アウトプット処理と訂正フィードバックを含みます。

さらに、この分類は、指導方法のオプションが第二言語習得のどのプロセスに関与しているかを示しています。

第二言語習得過程と指導方法について、資料を交えて分かりやすく教えていただきました

与えられた例文を生徒が分析し、自分で規則を発見することが大切なのですね。教師が外国語を母語習得に近い形で教えるには、どのような心がけが必要でしょうか。

母語を習得する際は、帰納的な学習プロセスを無意識にたどるのですが、外国語の学習となると、文法規則を説明しその事例を適用する練習を行う演繹的な指導になりがちです。そこで、本書では目標とする特定の文法特性を含む例文を生徒に提示し、その中から規則を発見させる帰納的な指導を提案しています。意識レベルは無意識から意識的へと上げることになりますが、学習プロセスは母語の習得と同じです。

外国語を母語習得に近い形で教えるためには、基本的には、生徒に説明しないということです。では、どうすればいいのか。教師は例文を用意し、生徒が自分たちで規則を見つけられるようにヒントを与えるのです。つまり、教師には、生徒自身が発見できるように導くガイドの役割が求められます。しかし、例文をたくさん与え、「この中から文法規則を見つけてください」と言っても発見するのは簡単ではありません。例えば、動詞を四角で囲むように伝え、その動詞の形式の違いを見つけさせるようなヒントを出すことが大事です。

このように生徒に気づきを促す指導は、教師が例文を探したり、ヒントを考えたりしないといけないので、実際の準備が大変です。今までのように「三単現のsは、主語が三人称単数のとき、動詞の最後にsをつけるんですよ」と説明する方が教師は楽ですよね。でも、教師から教わったことは忘れてしまいますが、生徒が自分で見つけたことは、より処理の深い学習となり、記憶に残りやすいものなのです。

第8章「タスクによる気づき」の中で、タスクを用いた指導法が脚光を浴びているとありますが、それはなぜですか。

タスクとは、特定の目的を達成するために行う作業や課題のことですが、このタスクを用いた指導は最先端なのです。従来からの伝統的な指導手順はPPPといい、説明して(present)、練習して(practice)、やってみる(produce)という流れですが、タスクの基本的な考え方はこの順番を変えましょうというもの。まずやってみて(produce)、説明して(present)、練習します(practice)。分かりやすく言えば、今までの指導は文法を先出ししていたのですが、文法を後出ししようということですね。

ただ、タスクを用いた指導法は、個人的には初心者向けではないように感じています。言語リソース、つまり文法知識をある程度持っていないとできないのではないかと思うのです。比喩的に、泳げない子どもに水泳を教えるために深い淵に投げ込む方略(deep end strategy)のようだと言及されることもありますね。

英語教育・学習の常識に、新しい風を吹き込みたいと思っています

■アクティブ・ラーニングの中で大事な「深い学び」

本書のタイトルの「気づきをうながす」もよい言葉だと思うのですが、副題になっている「英語のアクティブ・ラーニング」という言葉にも惹かれます。

アクティブ・ラーニングの考え方にはいろいろあるようですが、本書では文部科学省の考え方に沿って説明しています。文科省はアクティブ・ラーニングの定義を「課題の発見・解決に向けた主体的・協働的な学び」としていましたが、その後、「主体的・対話的で深い学び」に置き換えました。この中で私が特に大事だと思うのは「深い学び」です。先に意識化指導のところで触れた、生徒が自分で考えて規則を主体的に見つけ出す取り組みは、深い学びと言えるでしょう。

島田先生は中学校・高等学校の教師として現場経験をお持ちです。当時と比べ、現在の文法指導は変化しているのでしょうか。

おそらく、今でも伝統的な指導手順、PPPで教えているのだと思います。というのも、私は本学で約30年、英語教育学を教えていますが、学生たちに気づきを促す文法指導をすると、「このような授業を中学・高校で受けたことがない」と言うからです。私が教師をしていた頃と、あまり変わっていないことが推測できます。

私は中学校に13年間、高等学校には3年間勤めましたが、当時はやはりPPPで教えていたと思います。ただ、面白いことをしたいと思っていたから、教科書をあまり使わず、もっと面白い話を探したりしていました。教科書に沿って単語や例文を覚えさせて、教師の後にリピートさせるというパターンは大嫌いでしたから(笑)。だから、他の教師からは勝手なことをしていると思われていたのではないですかね。

「英語学習は楽しい」と感じてもらいたい、という思いは昔も今も変わりません

■自分のビリーフ(思い込み)から解放を

本書は、将来教師を目指す学生を対象にした授業「英語科教育法」で使われています。どのように活用されているのでしょうか。

2023年の秋学期に教科書として本書を使いました。私の授業では毎回課題を出し、授業中にその答え合わせをグループディスカッションや発表形式で行っています。本書は 最後のまとめのような形で使うことが多かったですね。ちなみにテストはこの本の元になっている理論が書かれた英文で出したので、ここからそのまま出題しているわけではありません。本書を読んで学生に説明してしまったら、「説明しない」という私の主義に反することになります。

この半年間の学びで、学生のビリーフ(思い込み)がどう変化したかを追跡しました。本書の「あとがき」にも書いたのですが、英語教師の多くは、これまでに生徒として英語を学習した体験や、英語を教わった経験、教師として英語を教えて得た知見に基づいて無意識的にビリーフを形成しています。よいビリーフならいいのですが、理論的な根拠や実践的な裏付けのない勝手なビリーフだと問題だと思うのです。そこで、学生のビリーフの変化を測るため、本書に沿ってビリーフに関する40項目の記述文を作り、授業の初めと学んだ後にチェックしました。その結果、1番変わったのが「誤りの訂正」です。授業が始まった頃、学生たちは「教師が訂正すべきである」と思っていたのですが、3か月後には「生徒が自分で気づき、訂正していく方がベター」という意識に変わりました。また、本書を書いてみて、これまでの自分の取り組みを振り返ると、ずっと追いかけてきたテーマがビリーフなのだと改めて感じました。

授業を受けた学生の反応はいかがでしたか。

私の授業は「難しい」と言われるのですが、「なるほど!と思いました」という声もあり、ちょっとうれしかったですね。大学では授業評価アンケートを学生に行っていて、「難しい」と言われることがよくあるのです。だって、私は説明しませんからね。でも「楽しい」という意見も多く寄せられています。以前、現職の教師を対象に行われていた教員免許状更新講習で教えていたときは、「目から鱗が落ちました」「考え方が新しい」と言ってもらいました。ちなみに、本書に記した実践例は、この教員免許状更新講習で人気の高かったものです。

 
プロフィール

しまだ・かつまさ/1954年、三重県生まれ。兵庫教育大学大学院学校教育研究科教科・領域教育専攻(言語系コース)修了(教育学修士)。マッコーリー大学大学院英語・言語学・メディア研究科修了(応用言語学修士)。公立中学校・高等学校教諭を経て、桃山学院大学国際教養学部英語・国際文化学科教授。主な著書に『推論発問を取り入れた英語リーディング指導—深い読みを促す英語授業』(共編著、三省堂)がある。専門は英語教育学。