「第10回桃山学院大学図書館書評賞」受賞者 <2015年12月2日発表>


第10回桃山学院大学図書館書評賞には49篇の応募作品が寄せられました。 図書館書評賞選考委員会で審査した結果、下記の通り受賞作が決定しましたので発表いたします。
受賞作品は、1月中旬に図書館内で発表いたします。

受賞作一覧はこちら。
最優秀書評賞 該当作品なし
優秀書評賞 前川  明 (社会人聴講生)
老川 祥一 『終戦詔書と日本政治』
中央公論新社 2015年
栃澤  大助 (市民利用者)
アリャマン・ダルミア 『バフェットとグレアムとぼく』
阪急コミュニケーションズ 2011年
佳   作 酒井  佑実 (社会学部3年次生)
川村 元気 『世界から猫が消えたなら』
マガジンハウス 2012年
大草  みどり (法学部2年次生)
原田 隆之 『入門犯罪心理学』
筑摩書房 2015年




総合講評

図書館長 国際教養学部 国松 夏紀

2006年度創設の「桃山学院大学図書館書評賞」、本2015年数えて10回目、例年通り4月末(5月連休前)に募集を開始し、夏季休暇明け9月末に締め切り49編の応募を得た。これは第2回(2007年)の140編や第3回(2008年)121編に比べれば遥かに及ばず、寂しい限りであるが、昨年39編、一昨年42編と比べればまずましな方かもしれない。
 ただし49編中11編が指定書式等の不適合で審査対象外となったのは残念なことである。「40字×50行」とか「初版出版後5年以内」といったルールに従うことは基本的要件となる。その上で「書評賞応募要項」に従い次の3項目が要件となる。
@(書評対象本の)内容の要約または概要。
A(書評対象本の)良い点や悪い点の明示、それに対するコメント。
B文章の読み易さ、表記、文章構成の適切さ。
 さらに、筆者が個人的に考える良き書評の要件は、その本を読もうという意欲を掻き立てること。判りやすく言えば、書店に走らせる書評を良しとする。しかし完璧な書評は逆に読む意欲を減退させるというジレンマがある。そこで、適切な例とは言えないが、犯人を明示しないことは推理小説の評の不文律になる。
 閑話休題。上記要件を判断基準として38編中11編が第一次審査を通過し、さらに検討・検認作業を重ね、優秀書評賞2編、佳作2編を選んだ。最優秀書評賞は、残念ながら今年も該当作なしであった。ちなみに、審査委員会は、筆者を含め5学部から各1名の委員で構成されている。
 前川明氏は老川翔一著『終戦詔書と日本政治−義命と時運の相克』中央公論新社(2015年)を取り上げられた。何故読もうと思ったのか?から始まって、キチンと章ごとに要約を重ね、その上で「良い点、悪い点の明示、それに対するコメント」がキチンとなされており読んでいて感心することシキリ「これはプロだな」と思ったりしたが、文末「40年前私は政治学科の学生だった」で社会人の方と知れた。(審査段階では氏名等をふせてある)ただし、審査委員から同様の評価する一方で次の様な厳しいコメントも寄せられている。
 ≪難解な内容にもかかわらず、内容紹介が的確に行われている。評価も行われているが、自分の価値観に偏りすぎた評価となっており、書評を読む人への「押し付け」感が否めない。また、一文が長く、読みづらい文章になっている。≫ この指摘は、要件Bに引っ掛かる。さらに、巻頭写真版掲載の「終戦詔書」及び草稿類に関する言及がないのが書評としては不親切と思われる。もっとも、これらの文献のテクスト・クリティークが本書の主旨ではないのであるが。
また、「良くない点」の指摘に関連して3章4章の合体を提言しているのだが、書評としては「3章4章の整理不足」或いはもっとハッキリ繰り返しが多いと指摘すれば十分ではないだろうか。書き換え提言という形の批評とも考えられる。
 その一方、「無い物ねだり」、書かれていないことを要求するという形の批評もある。昨年は優秀書評賞を受けた、法学部生、大草みどりさんの原田隆之著『入門 犯罪心理学』ちくま新書(2015年)評に対して審査委員の一人から詳細なコメントが寄せられた。
≪(1)評者の本文献理解はおおむね正当と認められる。
(2)本文献の優れた点の要約も、ほぼ的を射ている。
(3)ただし、評者が「物足りない」として記述している事柄は、本文献の主旨に対する「理解の不足」とともに、「無い物ねだり」の感がある。以下に理由を簡単に述べる。
評者は「我々が犯罪行動において単純な思考[犯罪行動を見るときに、単純な因果論や社会的因果関係を一方的に決定要因とみる見方――むしろこのように書き直すべきだろうが・・・]に陥るまたは陥らないためにはどうすればいいのかについてあまり言及していない。云々」という。
この段落の記述全体から判断すると、評者は、犯罪や犯罪者に対する社会(と個人)の認識が単純な因果論となっている、もしくはそのような単純化にならないためにどのような認識手続きや手段が必要なのか、そうしたことについてもっと紙幅を割いて書いてほしかったと言いたいようだ。
本文献は、犯罪がなぜ起こるのかについて、それをおもに犯罪者の行動心理がいかに形成されるかに焦点を当てて解明を試みている。その際に、本文献の著者は、これまでの社会や個人が持ってきた犯罪に対する認識の「単純さ」やマスメディアを通じての「単純化」、とくに社会的な因果関係のみを強調する見方を批判して、それでは犯罪者の心奥に迫れないとして、エビデンスに基づく心理分析という持論を展開している。つまり、著者は、犯罪に対する社会や個人の単純化された認識をただしてより深めるためにも、犯罪行動の「心理」学研究を発展させる必要があると説いているのである。したがって、評者が望むような、社会的因果関係それ自体がどうかとか、社会認識のあり方、例えばメディア報道のあり方それ自体を議論しているのではない。このような問題は、著者の専門とする心理学ではなく、社会学など他の社会科学分野が担うべき課題であろう。
このように、評者は、著者が因果論的な見方の事例を文献中でどのように位置づけているかを十分理解せずに、心理学以外の分析を要求してしまっている。しかし、著者がそうした事例を批判的に持ち出したのは、心理学的分析の重要性を浮き彫りにするためであった。これは確かに評者の読みの「浅さ」ではあるが、犯罪行動の持つ多面的な要因ゆえにより全面的に犯罪をとらえたいという、それ自体としてはまっとうな「欲求」の表明ともみなせる。とすれば、この点は本文献の「不足」としてではなく、評者がこれに触発されて今後自分の研究課題とすべき論点として記述すればよかったものと思われる。≫
 評者には是非この懇切なコメント(全文)を踏まえて書評対象図書を再読してもらいたいところだが、筆者としては、最終段落のまとめ方に感心し、読んでみようという気を起こさせられたことを告白しておく。(エピグラフのドストエフスキー『罪と罰』からの一節は予想できていた?)
 アリャマン・ダルミア著『バフェットとグレアムとぼく』、これだけで内容を把握できるのは、おそらく投資家だけであろう。副題「インドの13歳の少年が書いた投資入門」で一気に興味がわく。投資家ならずとも「何コレ?」となる。編集陣の勝利である(前田俊一訳、阪急コミュニケーションズ、2011年)。さらに言うならば、「まだ実際には投資していない13歳の少年」は実質的にはこの出版によって投資活動を開始している。印税とは配当金の一種であろうから(と素人考え)。加えて審査委員からは次のようなより専門的コメントも寄せられている。評者、栃澤大助氏の参考になれば幸いである。
≪書評の冒頭に、「アベノミクスにより、長いデフレからインフレに移るなか、資産形成も貯蓄から投資へ変えようという動きになっている」とある。目標のインフレ率に到底及ばない現状では、インフレに移ったか、大いに疑問が残る。また、「貯蓄から投資へ変えようとする動き」に関しても、外資に支えられた株高が主体であり、日本の個人投資家が増加した株高ではない。日本の家計における資産形成を貯蓄から投資に変わろうとしている、というにはいささか早計である。
本の書評は、本の内容をよく把握しており、的確である。なかでも、本の中核であるバフェットの投資に必要な性格的特性を取り上げ、適切なコメントを述べている。≫
 以上3編、政治・(臨床?)心理学・経済と続いたところで文学が来るといささかホットする。勝手知ったる小説の世界、逆にそれ以外の分野の読書には多少の緊張が伴っていたことに気づかされる。キャラクターとストーリー+感想乃至批評、書評要件もパターン化して、書きやすいのではなかろうか。しかも作品は基本的に虚構世界であり、現実そのものより対応し易く、しかも現実から遊離しきるのでもない。旧い言い方だが「虚実皮膜の間」にこそ小説の魅力があるだろう。さらにパロディーと言おうかパスティーシュと言うべきか、文学的伝統に乗ったヒネリの妙味もある。
 川村元気著『世界から猫が消えたなら』マガジンハウス(2012年)は明らかにゲーテの『ファウスト』などが下敷きになっている。悪魔メフィストフェレスとの契約で永遠の若さを手に入れるファウストの物語がよりファンタジックに転生しているが、基本構想は一緒である。一日延命の代償として、何か一つをこの世界から消去するという悪魔との契約の物語。審査委員のお一人から評者、酒井佑実さんに以下のメッセージが寄せられている。
 ≪本著は、『電車男』や『告白』など若者文化に社会現象を巻き起こしたことで有名な川村元気氏によって手がけられた。本著は80万部を突破するほどの大ベストセラーとなり、すでに映画化されることが決まっている。その主人公を佐藤健が演じることでも話題となった。本著は、主人公である30歳の郵便配達員が父親に向けた遺書として、余命一週間の出来事を物語モードで綴っている。その点では、主人公の恋愛観、親に対する思いや葛藤が等身大の体験として、評者には共感的理解が可能となったと思われる。
 書評については単に内容紹介や感想に終わらず、自身の日常的な生活体験に引き寄せながら、自己の見解を述べている点で説得力があった。しかし、本著が「僕」という主人公が「あなた」という父親にあてた遺書である点に着目し、なぜその宛先が「父親」だったのかを評することで、より本著を深く味わうことができたと思われる点が残念である。
最後に、評者が評末に記した「私は『本書』から、たった一度しかない人生を『自分で』切り開いていく勇気をもらった」という言葉にエールを送りたい。≫


第10回の応募要項はこちら





≪≪過去の書評賞≫≫

     第1回     第2回     第3回     第4回     第5回

     第6回     第7回     第8回     第9回