桃山学院の歴史 E

 

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登美丘学舎への統合について

登美丘学舎への統合

 

 聖アンデレ橋と登美丘学舎

 

1960年代後半から70年代の初め、全国の大学で「大学紛争」が発生したが、
本学においても大学のあり方が問われ、カリキュラムの改革などが実施された。
一方、二つのキャンパスは財政的にも不経済であるとして、
1971年に登美丘学舎に統合することになった。

 

 ダグラス・カレッジとの協定調印式(1985.10)

 

1973年、経営学部の設置。1979 年以降、海外の大学との交流が本格的に開始する。

1984年、学院創立100周年記念式典、1989年には文学部の設置と大学の拡大は続いた。

1990年、大学開学30周年を記念し、待望のチャペル(聖救主礼拝堂)が完成し、パイプオルガンが設置された。

登美丘学舎は堺市と大阪狭山市にまたがり、キャンパスの間を国道が走り、学内移動が不便であった。
校地の拡張は困難で、建築上の制約もあった。そのため、新たなキ
ャンパスが求められた。                

 

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