- 名前
- 小林 亮
- 学部
- 国際教養学部 英語・国際文化学科 2018年卒業
- 所属
- 株式会社フォレストバンク(代表取締役)
農家の廃業と地域コミュニティーの崩壊を防ぐにはどうしたら良いのか。高校2年生・17歳のときに感じた課題の解決に、起業で挑戦しているのが国際教養学部出身で、株式会社フォレストバンク代表取締役の小林亮さんです。学生時代に世界15か国を旅し、食と農の実態を調べて歩いた結果、「日本の農作物の品質は世界一。それなのに大量の作物が廃棄されている」ことを痛感したそうです。解決策を考え続けて起業に至った小林さんの問題意識と、ユニークなビジネスの内容をうかがいました。
17歳で農業の再生を志す
幼少時から夏休みなどの長期休暇は母親の実家、宮崎県都城市で過ごしていました。親戚には農家が多く、食卓にはいつも親戚や近所の農家からいただいた野菜や果物の数々。忘れられないくらいおいしく、山や海で遊んだ楽しい思い出は豊かな農作物と結びついていました。ところが高校生の時に久しぶりに訪れると、多くの農家の方々が廃業していました。高齢化と儲からないことが原因でした。「日本の農業を助けたい」と思いましたが、まだ何をすればいいのか、その時は全くわかりませんでした。
「日本の農家を救いたい」という志でフォレストバンクを立ち上げた、代表取締役の小林さん
オーストラリア留学から世界へ
高校は桃山学院高等学校で、国立大学を目指していました。第一志望への進学は叶わず、浪人することも考えましたが、ご縁があって桃山学院大学に進学することにしました。入学当初は特に「留学がしたい」という気持ちはなかったのですが、高校時代に一生懸命勉強していたおかげか、英語能力検定の成績が留学可能なレベルだったので、2年次にオーストラリア・メルボルンの大学へ半年間、語学留学をしました。留学生活の経験もあり、次第に「世界中のものを食べないと日本の良さはわからない」と感じ、在学中に世界を回ろうと思い立ちました。
3年次の時、大学の友人2人とアメリカ横断の自動車旅行に出ました。西海岸から東海岸まで40日間の旅。友人は「アメリカの平和について考えたい」というテーマを持っていましたが、私は「現地のものを食べたい、市場を見たい」と考えていました。その後、卒業までにメキシコ、キューバ、コロンビアなど中米、ヨーロッパ、アフリカなど15か国をバックパッカーとして回り、現地の食や農に触れました。
在学中には、大学の仲間と3人で北アメリカを車で横断する旅を経験。
それぞれが目標を持つなか、
小林さんの目標は「現地のものを味わう」だった。
モロッコでの衝撃
最も衝撃的だったのはアフリカ北部モロッコの市場です。全体の半分ほどが腐っている野菜や果物が平然と売られているのです。腐った部分を切り落とせば、残った部分は食べられるという考えのようです。腐りかけて表面にヌメリが出ているものも、ヌメリを洗い流せば問題ないと、並べられています。
野菜や果物は泥まじりの水をかけて洗う、鶏肉は店頭にいる生きたニワトリを注文後にその場でしめてさばいて売る、など日本とは程遠い形で食材が流通している国があることを改めて知りました。
一方で、ヨーロッパなどは食材がきれいに保たれ、味も野菜は日本との差はあまりありませんでした。しかし、フルーツは「全然違う」と感じました。日本の方が味も良く、種類も豊富です。特にイチゴなど日本では数えきれないほどの種類のものを楽しむことが出来ます。また物流時の対策も丁寧で、イチゴなどの柔らかい果物は傷がつかない工夫がされています。ただその反面、「少しでもキズのある果物は、市場に出荷されず捨てられる」ためロスが多いという日本の問題にも気づきました。
モロッコの市場の様子。
野菜や果物は、多少傷んでいても売られている。
「食べられる部分は、食べる。」日本との違いにショックを受けた。
日本の廃棄食材は年間700万トンといわれ、その量はコメの生産量に匹敵します。そのうち200万トンは市場へ出荷されず廃棄されています。傷のついた果物や曲がったキュウリなど、「味には全く問題のない」作物でも、消費者に受け入れられないという理由で、収穫もせずに捨てられているのが現状です。
IT企業に勤めながら全国の農家を回る
大学生活も後半に差し掛かり、就職について考える時期が来ても「農家を助けたい」という志は不変でした。その一方で、「これからの世の中、ITの技術がなければ何もできないのではないか」と考えるようになり、IT系の上場企業に就職しました。就職してから3年半は、ITの技術を身につけながら、休日は全国の農家を訪問する生活を続けていました。
もちろん、突然農家を訪問しても受け入れてもらえませんので、最初は知り合いの農家さんからご紹介いただきながら、少しずつその輪を広げていきました。様々な農家さんをお伺いし、現状や悩みなどをお聴きするなかで、「製造業として、農作物を使用した新しいビジネスモデルで勝負しよう」という結論に達しました。
そこで着目したのが賞味期限の壁を乗り越えられる「冷凍食品」でした。マイナス18度以下で保存・流通させることで品質劣化を防ぐことができ、賞味期限の表示も不要になる点をビジネスに生かそうと考えたのです。このアイデアから、果物など様々な食材を活用したジェラート製造の構想が出来上がりました。
起業前、全国の農家を渡り歩いた小林さん。
ただ農家を訪れるのではなく、畑に入り実際に収穫を手伝い農家さんと話をする。
そうして繋がった全国の「仲間」が、小林さんのビジネスを支えている。
その後、埼玉県のジェラートメーカーで1年間修業させていただき、2023年1月、大阪府高石市の祖父母宅の倉庫を改装して小さなジェラート工場をつくり、2024年7月に株式会社フォレストバンクを設立しました。原料となる果物などは、全国数百軒の農家から「出荷できないキウイが2トンあって・・・」と連絡を受けて仕入れます。ここで手を差し伸べなければ、そのまま廃棄されてしまう農作物ばかりです。連絡をくださるのは、「ハブ(まとめ役)」となる数軒の農家さんだけなので、その背後には一体どれくらいの農家さんがつながっているのか想像もできません。
提供いただく農作物は、通常の流通ルートに乗らなかっただけで品質には全く問題がないため、ジェラートの味には自信があります。現在、全国のホテルや外食産業、道の駅などにOEM(相手先ブランドでの生産)として供給しています。珍しいところでは、輸入車販売店のウェルカムジェラートとして提供したこともあります。また、ジェラートだけでなく、スムージーやピューレ、チョコレートも製造しています。現在は99%がOEMですが、多くの方から「どこで買えるの?」というお問合せをいただくことが増えてきたため、近く通信販売での販売も始める予定です。
農家であれ、ジェラートメーカーであれ、現場に身を置くことを大切にしている小林さん。
「当事者」と同じ目線に立つことで、様々な思いもジェラートに込める。
マダガスカルとの縁も
大阪・関西万博で、アフリカのマダガスカルとの国際交流プログラムに取り組んでいた高石市からお声がけをいただき、マダガスカルとの縁も始まりました。マダガスカルは世界有数のバニラビーンズの産地ですが、気候変動によるサイクロンの影響や低価格のために生産農家は貧しく、作付けが年々減少しているそうです。万博会期中、マダガスカルのバニラビーンズと賞味期限が近付いた味噌を隠し味にしたバニラジェラートを提供しました。また、マダガスカルのバオバブの木の実を使ったジェラートも提供、飛ぶように売れました。
現在、高石市と高砂香料、当社、マダガスカル政府の4者が協力して、適正な価格で購入するフェアトレードでバニラビーンズを調達し、バニラジェラートを製造しています。万博会場で販売したジェラートの濃厚な味が評判になり、お客さんからは「どこで買えるのか」との問い合わせが相次いだことから、高石市のふるさと納税の返礼品にも採択していただきました。今後は、通信販売でも販売する計画をしています。
大阪・関西万博で「濃厚なバニラの風味」が話題となり、人気商品となった
マダガスカル産バニラビーンズと兵庫県産の味噌を使ったバニラジェラート(右)。
左は、愛媛県産のメロンを使用したジェラート(取材時)。
果汁・果実が約80%と、果実を使ったジェラートも濃厚な味わいが口いっぱいに広がる。
ジェラート以外の製品に挑戦へ
当社では、フルタイムの正社員5人をはじめ、業務委託・パートタイマーを合わせて40数人が勤務しています。直営工場は高石市と堺市・中百舌鳥に構えており、その他にも現在、愛媛県西条市で「まちおこし」を狙った委託工場の建設計画も進めています。
OEM先の企業開拓は、私が相手企業のサステナビリティ(持続可能性)部門にアプローチするところから始まります。サステナビリティ部門は社長直結の会社が多く、提携のお話はスピード感を持って進みます。全国展開している大手麺類チェーンなど、様々な企業との話が進行しています。
当社のミッションである「農家を助ける」ためにはジェラートづくりだけでは十分ではなく、今後は農家から仕入れた農作物を、必要とする法人に供給するビジネスも考えていきたいと思っています。また、地方には黒字なのに経営者の高齢化・後継者難から倒産・廃業する企業が少なくありません。そのような企業の経営を助け、更には日本の地域経済を支える企業に成長していけるよう頑張っていきたいです。
美味しいものを、美味しく届ける。
農家の皆さんが「愛情と時間」をかけて育てた作物をムダにしたくない。
ジェラートを味わいながら、その向こう側の様々な問題のことも知ってもらえると嬉しいです。
▼株式会社フォレストバンク
https://www.forest-bank.co.jp/
(※この内容は2025年12月取材時のものです。)