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お知らせ

2011年4月12日掲載

2011年度大学入学式記念特別展示「桃山学院の誕生-英国聖公会宣教協会、C.F.ワレン師、川口居留地-」の開催について

2011年度大学入学式を記念して、特別展示「桃山学院の誕生-英国聖公会宣教協会、C.F.ワレン師、川口居留地-」を行っております。是非お立ち寄りください。

【日 時】  2011年4月4日(月)~28日(木)
【場 所】  聖ペテロ館2階 学院史料室展示コーナー(※)
※入学式当日の展示(於:大学総合体育館)より、場所を移しての実施となります。

[展示資料目録]
1.Proceedings of the Church Missionary Society  1872, 1875
月報であるChurch Missionary Recordの1年間をまとめたものである。『桃山学院創立125周年記念誌』では、THE CHURCH MISSIONARY INTELLIGENCER AND RECORDを掲載した(記念誌p36)が、原物資料はプール学院所蔵のため上記の資料を代わりに展示した。

2.イズリントン・カレッジ   ※『桃山学院125周年記念誌』p36
CMSの神学校で、1825年1月に開校したが、この時はまだ独立した建物はなかった。2、3年後、ロンドンのイズリントンに校舎を建てた。まもなく学校名はCMカレッジ(Church Missionary College)と定められ、一般には「イズリントン・カレッジ」(Islington College)と呼ばれ、1912年頃まで存在した。(Eugene Stock, The History of Church Missionary Society Ⅱ, p81より)

3.C. M. S. Regulations Part Ⅱ(1899年)  ※『記念誌』p35
CMSの規程集である。志願者、宣教師の出発と帰国(賜暇休暇など)、俸給と手当などが定められている。

4.C. M. S. Japan Quarterly ※『記念誌』p40
C.M.S.Japan QuarterlyはC.F.ワレンの息子C.T.ワレン(Warren, Charles Theodore 1867~1949)が発行者として年4回の発行。桃山中学校や三一神学校の様子も載せられている。

5.スミス監督のTen Weeks in Japan (1861年)  ※『記念誌』p40
G.スミス(Smith, George 1815-1871)は1849年、香港ビクトリア教区の監督になる。1860年の来日時、長崎ではC.M.ウィリアムス宅に居留した。Ten Weeks in Japanは1861年に出版。同年、長崎居留イギリス人などの援助により、東山手居留地に最初の聖公会の教会を設立した。

6.「一冊のアルバム」と「ワレン家の人々」 ※『記念誌』p42
C.F.ワレンのひ孫のJ.S.ワレン氏が1991年の来日時に持参したのが「一冊のアルバム」、1999年の来日時に持参したのが「ワレン家の人々」である。

7.ギリシャ語の新約聖書(C.F.ワレン師使用) ※『記念誌』p41
ギリシャ語の聖書にはワレンの書き込みが多くある。また、表紙裏には、C.F.ワレンのサインがあり、孫のC.K.W.ワレンからひ孫のJ.S.ワレンに引き継がれたサインがある。そして、この聖書は1991年に桃山学院に寄贈された。

8.ワレン著『聖書問答』(1896年) ※『記念誌』p42
C.F.ワレンの著書として残る唯一の出版物である。最初の部分を紹介する。「聖書問答巻之一」、「神は何様にして其聖旨を示し給ひしや」の問いに「神むかしは多の区別をなし多の方を以て預言者により列祖に告給ひしがこの末の日には其子に託て我儕に告給へり」と答えている。

9.新大橋を渡る英国軍隊 ※『記念誌』p44
長谷川小信画の「浪華安治川外国館真写之図」である。1868年5月(慶應4年4月)、英国公使パークスが来阪した時、英国の軍隊が「新大橋」(木津川橋)を渡っている様子が描かれている。

10.居留地の風景(『上方』第99号)  ※『記念誌』p44
大阪の外国人居留地を描いた最も知られた錦絵である。郷土雑誌『上方』第99号の表紙に一枚ずつ貼り付けられた。

11.居留地会議議事録・会計簿(複写製本)  ※『記念誌』p44
外国人居留地は治外法権であり、警察、消防、裁判、街燈の設置など居留地内の自治は居留地会議において決められていた。大阪の居留地会議は、唯一その議事録と会計帳簿が完全に残されている。

12.プロテスタント宣教師会議報告書 ※『記念誌』p46
1883年4月の6日間、川口居留地の居留地会議場でプロテスタント宣教師会議が開催された。日本伝道を行っている22の伝道団体の106名の宣教師が集まった。史料のPROCEEDINGS OF GENERAL CONFERENCE OF THE PROTESTANT MISSIONARIES OF JAPANはその報告書である。

13.大阪三一神学校規則 ※『記念誌』p47
規則によれば、入学志願者は19歳以上、受洗後1年を経過している者に限っている。卒業期限は5年間、甲乙の2科に分かれている。毎年3期の休暇中には地方伝道を行わなければならないことなど、神学校内での授業、生活などを規定している。その他、会堂規則・書籍縦覧規則・教科書規則など。

14.高等英学校規則 ※『記念誌』p54
高等英学校規則は現在2種類あり、どちらも所在地は大阪府下天王寺村になっている。高等英学校の設立広告(1895年)に「新築落成スル迄仮」の校舎であり、「規則書ヲ一覧アレ」と書かれているので、古い規則は設立当初からのものではないかと推測される。

15.居留地全景写真(1893年)  ※『記念誌』p43-44
1893年に撮影された川口居留地の全景写真である。中央左手に写る三角屋根の建物が聖テモテ教会(現川口基督教会)である。大阪三一神学校やプール女学校の建物も見ることができる。

(企画・編集:桃山学院史料室)