著者インタビュー

第2回 『インバウンド観光のための観光土産マーケティング —中国人消費者の購買行動』

辻󠄀本法子(経営学部教授)

知人が旅先で買ったお土産をもらったところ美味しくて、今度は自らインターネットで購入した—そんな経験を持つ人は少なくないでしょう。このように、連鎖的に消費が拡大することを「連鎖消費」と名付けたのが、経営学部の辻󠄀本法子教授です。今回紹介する著書、『インバウンド観光のための観光土産マーケティング —中国人消費者の購買行動』(同文舘出版)に込めた思いや、ポストコロナに向けた観光動向について伺いました。

■売れる「お土産ブランド」の鍵は連鎖消費にあり
——辻󠄀本先生が執筆された『インバウンド観光のための観光土産マーケティング —中国人消費者の購買行動』は、2020年12月に出版されました。まず、本書を出された目的をお聞かせください。

私の専門はマーケティングで、消費者とコミュニケーションを図り、購買意欲を刺激して購入につなげるセールス・プロモーションが研究テーマです。もともとは、国内の観光土産について研究していました。インバウンド観光が非常に伸びてきた5、6年前から、インバウンド観光の観光土産をテーマに研究し始め、政府が訪日外国人旅行者を4,000万人にする目標を掲げた2020年に、これまでの調査をもとに、有効なマーケティングを提案する本書を出すのが一番いいと考えました。

訪日外国人旅行者を4,000万人にまで増やすには、リピーターを確保しなければいけません。訪日外国人の消費行動をきちんと捉え、消費拡大につなげるために、何か新しい視点でプロモーションする必要があると思いました。特に中国の人たちは、国境を越えてインターネット上でものを買う、越境ECが発達していて、帰国後も日本から直接輸入して気に入ったものを買う人が多く、消費拡大できると期待していました。

ところが、新型コロナウイルス感染症の影響で、日本のインバウンド観光マーケットは、一旦閉じられた状態になってしまいました。当初は、東京オリンピックが開催される2020年夏の前に本書を出せればと思っていましたが、新型コロナは収束せず、その年の年末まで待って出版することになったのです。


——本書では、観光土産を買う人だけでなく、土産をもらう「受け手」にも焦点をあてて研究されているところが新鮮でした。もらった人が自分でも買う「連鎖消費」に着目して、研究されるようになったきっかけは何ですか。

もともと私は、デパートでセールス・プロモーションを担当し、物産展の企画や出店交渉、広告制作などの仕事をしていました。あるとき、物産展で大量にお茶を買うお客さんがいて、近所にそれを配っていることを知り、興味を持ちました。人からもらったものが美味しければ、自分も買う消費行動が起こるのではないか、親しい人からもらったものは信ぴょう性が高く、強力な消費拡大のきっかけになるのではないかと、大学院に通って『おすそ分けの研究』を始めたのです。すると、何回調査をしても3割後半から4割弱の人たちが「もらったものを気に入ったら自分でも買う」という行動を取っていました。これを私は「連鎖消費」と名付け、観光土産にも発展させて研究するようになったのです。本書のキャッチコピー「売れる『お土産ブランド』の鍵は連鎖消費行動のメカニズムにある」は、担当編集者と一緒に考えた、一番訴えたいことです

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——インバウンド観光の中でも、なぜ中国人消費者をターゲットに調査されたのですか。

外国人旅行者の中で最も消費が旺盛だからです。2019年の外国人旅行者のうち、中国人は人数では3割ですが、旅行消費総額の買物代の割合は56%になっています。中国人旅行者のマーケットは大きく、連鎖消費を観察するにはとても良いと思っています。ヨーロッパの人たちは、観光土産を旅の記憶として自分自身のための記念品を購入することが多く、中国人は日本人が贈答としてその土地のものを買うのと似た消費行動をします。ただ、中国の人の重要な概念として、「面子」があります。本書では、中国人観光客に知名度が高い、北海道の菓子「白い恋人」の事例を挙げていますが、中国の人にとって美しい自然がある北海道は憧れで、その北海道土産で一番売れているお菓子が「白い恋人」であることから、ナンバーワンのものを大量に買って帰り、贈与することで「面子」を保つことになっているようです。


——「白い恋人」が中国人に人気が高いことを、本書で初めて知りました。

「白い恋人」の認知度は桁違いに高く、インバウンドの旅行者に対しては、大手の菓子メーカーと互角に戦えるくらいです。私たち日本人は、子どもの頃から大企業の広告にさらされ、マーケティング・コミュニケーション(販売促進のプロモーションと同様の意味)をして大人になるので、ブランド名が記憶され、自然に商品の序列ができていきます。ところが、中国の人は日本に来てから、色々なところでマーケティング・コミュニケーションに接し、そこからブランド認知が形成されます。ですから、中国人消費者に「日本の好きなお土産は何ですか」と聞くと、どら焼きを作っている中堅菓子メーカーの名前が上がったりします。なぜどら焼きかというと、日本の人気アニメに出てくるからです。さらに、このメーカーの商品は個包装で分けるのに便利で、値段も手頃でした。企業はブランド認知を上げるために日夜努力していますが、経営資源の大きさに関わらず、大企業も地方の企業も、横一列に並んだ状態で競争できるのが、インバウンドの観光土産のマーケットだと思います。


——そもそも、消費拡大するためには、どのようなマーケティング戦略を立てればいいのでしょうか。

マーケティングには4Pと呼ばれる要素、プロダクト(製品)、プライス(価格)、プレイス(流通経路)、プロモーション(販売促進)があり、これらをいかに効果的に組み合わせるかを考えることがマーケティング戦略の策定です。つまり、どんな製品を、いくらで、どこで売り、どのようにして消費者に知らせるかを指します。もちろん、その前にターゲットを設定したり、自分たちの企業の立ち位置などを決めたりしてから取り組みます。中国人消費者に「白い恋人」の認知度が高くなった理由の一つは、インバウンドの前から国際空港の国際線の免税店で商品展開していたことから、インバウンドが急激に伸びたときに既にプレイスを持っていたことが挙げられます。


■コロナ収束後のインバウンド受け入れの準備を
——現在(2022年1月)、新型コロナの影響で、インバウンド観光はできない状況です。コロナ収束後の中国人消費者の購買行動は、どのようになると思われますか。

インバウンド観光が再開すれば、日本はものが安いので、またたくさん中国の方が来られるようになると思います。ただし、受け入れ態勢を整えることに、真剣に取り組まないと旅行者はそれほど増えていかないのではないでしょうか。今、政府はポップカルチャーに力を入れていて、コンテンツツーリズム(映画、小説、マンガなどの作品の舞台を巡る旅行など)の研究分野も立ち上がっています。このポップカルチャーや、日本の伝統文化を伝える観光をどのように促進するかが次のテーマになると思います。


——アフターコロナに向けて、観光土産を提供する側は、どのような準備をしておくといいでしょうか。

中国の人たちが、アニメからどら焼きを知ったように、コンテンツと結び付いた新しい素材を見つけていく必要があると思います。例えば、桜の頃に日本に来てお花見する人たちもいるので、まだ認知度は低いですが、桜餅をコンセプトに何かできるかもしれません。お花見のような文化と密接につながると、何かが生まれるように思います。

■マーケティング研究の醍醐味は、社会の役に立てること
——ところで、辻󠄀本先生はデパートに勤めておられたとのことですが、どのタイミングで研究者になろうと思われたのですか。

研究したい一心から、デパートに勤めながら大学院に通っていましたが、博士後期課程の3年のときに指導教官から「定年まで勤めるのもいいけれど、大学で研究者・教員として指導する道もあるよ。ここと思う大学があれば応募すればいい」と言われたことです。「えっ、私が大学の教員!?」と驚きましたが、ちょうど本学でマーケティングを教える教員の募集があったんです。大学祭でファッションショップを運営できることも条件になっており、デパートで担当してきた催し物と同じようなことですし、応募しました。採用されてとても嬉しかったです。

——まさに、辻󠄀本先生にぴったりの条件ですね。マーケティング研究の醍醐味は、どこにあると思われますか。

自分のマーケティング研究が、企業や社会に役立っていると実感できることです。本書を読まれた中国人旅行者にとても人気の大手化粧品会社からは、共同研究のお話をいただきました。また、地方で観光土産を作っておられる小さな事業者など経営資源が限られているところは、自らマーケティング調査する余力はないので、顧客とコミュニケーションを持てる良い方法を見つけてもらえるように、との思いで研究しています。

——最後に、現在取り組んでおられる研究について教えてください。

今、ポストコロナの観光意向として、中国の人たちが日本でどのような観光をしたいか、ニーズ調査の研究を始めています。今までの観光地の魅力を測定する指標は、旅館やホテルの部屋数、神社仏閣や美術館などがいくつあるか、というものでした。美術館といっても、アニメを紹介するものと国宝を展示するところでは、行く人がぜんぜん違います。私は施設の数だけでは、旅行者のニーズ、意向は捉えられないと強く思っています。そこで、ニーズに合わせた提案ができるように、その分類をする指標のようなものを作ろうとしています。「歴史文化の観光がしたい」、「ポップカルチャーを経験したい」など5つの因子を仮定し、因子を説明する質問項目を用意して調査し、共分散構造分析という分析手法で観光意向を数値化していきます。例えば、ポストコロナで北海道に行きたい人と、北海道ではない他の地域に行きたい人とではどのような差があるのかを見たり、訪日経験のあるなしでどんな差が出るかを調べたりして、ある特徴をもつグループ間の意向の違いを統計的に明らかにすることができます。

【参考:メディア掲載記事】

プロフィール)

つじもと・のりこ/大阪府立大学大学院経済学研究科博士後期課程修了、博士(経済学)。株式会社近鉄百貨店勤務ののち、2012年より桃山学院大学経営学部准教授、2013年から同教授。専門はマーケティング、消費者の購買行動分析。