著者インタビュー

第4回 『関西方言における待遇表現の諸相』

村中淑子(国際教養学部教授)

テレビやインターネット、日常会話の中でも、何かと話題になる方言。方言が人々にどのように使われているかを調べたり、言葉と社会との関係を考察したりしているのが、国際教養学部の村中淑子教授です。今回は、村中教授の著書『関西方言における待遇表現の諸相』(和泉書院)について聞きました。

■近畿方言は言葉づかいのニュアンスを細かく変える

『関西方言における待遇表現の諸相』は、2020年12月に発行されました。まず、本書を執筆された目的をお聞かせください。

待遇表現とは、敬語を広く捉えたもので、丁寧な言葉使いだけでなく、親しみのある言葉使い、やや乱暴な言葉使いなど、言葉の上で人をどのように待遇するかということを扱います。20年ほど前から、関西の待遇表現について論文を書いていましたが、一冊の本にまとめることで、主張が読者に届きやすくなり、仮説的な新しい捉え方も盛り込めると思いました。

本書は4部から構成されています。2部では、京都における「ハル」や、大阪の「ヤル」など助動詞類に注目して待遇表現を分析されていますが、地域による特徴はありますか。

待遇表現は西日本と東日本で大きく異なり、西日本の方が待遇表現は豊かだと言われています。西日本の中でも、近畿地方は細かく言い分けています。もちろんどの地域でも相手に気を遣いながら言葉を発するのですが、東日本ではそのような気遣いが「ハル」、「ヤル」「ヨル」のような助動詞の形では表れず、いわゆる敬語がほとんどない地域もあります。

近畿中央部では「先生が来た」というと、あまり気を使っていない言葉ですが、「先生が来ハッタ」というと、ちょっと丁寧で、「先生が来ヤッタ」と言えば、先生にかなり親しみを持っている。「先生が来ヨッタ」は、先生をけなしている感じ。このように、「ハル」「ヤル」「ヨル」など、細かなニュアンスの違いを気にかけるのは、近畿方言の特徴といえます。

本書で面白いと思ったのが、良い言葉だけでなく「クサル」、「テケツカル」などお笑い芸人のセリフが思い浮かぶような、罵り言葉も研究対象にされているところです。このような罵り表現を分析する意義をお聞かせください。

一般的に、人を罵るような言葉は悪い言葉で、使わない方が良いものと捉えられています。言語研究の世界でも、罵り表現は好ましくない言葉と考えられ、研究が発展していない面があります。しかし、私は罵り表現にはそれなりの存在意義があると考えています。罵り表現は、相手をけなしたり、腹立たしい気持ちを表したりするだけでなく、親しみを表現する機能や、カタルシス(感情浄化)機能があるからです。

例えば、親しみを表現する機能の場合、人間関係が壊れない前提の元に、話し相手に「コノヤロウ」などと言うことがあります。映画「男はつらいよ」などにそのような場面が登場します。また、第三者への罵りを話し相手と共有することで、話し相手との親しみを深める、一緒に悪口を言って盛り上がれることもあるでしょう。カタルシス機能というのは、罵りを言葉にすることによって自分の気持ちをすっきりさせる、言葉を駆使する快感もある、ということです。このように考えると、罵り表現の分析はコミュニケーションや言葉の機能についての研究を深めることにつながります。

■小説の文脈から待遇表現を分析

3部では、コテコテの関西弁「デッセ」「マヘン」など、助動詞の「デス」「マス」を含んだ方言を「デスマス転訛(てんか)形」と名付け、インタビューや国会会議録、小説など色々な資料を用いて研究されています。そもそも「デスマス転訛形」に着目されたきっかけは、何だったのでしょうか。

20年程前に東大阪市から助成金をもらって、大阪樟蔭女子大学の先生と共同調査をしたことがきっかけです。この時に私は、待遇表現のアンケート調査票を作ったのですが、田辺聖子さんの小説からセリフを取って、「こういう言葉を使いますか」と尋ねました。田辺さんの小説は、登場人物のセリフの多くが大阪弁です。ある小説で、若い女性会社員が「問題デッセ」「言うてられマヘンで」など、おじさんが使うような「デスマス転訛形」を使って話していたのですが、その小説の文脈ではごく自然な感じでピンときたのです。それで、「デスマス転訛形」の使用を調査項目に入れ、報告書にまとめました。

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表:「デスマス転訛(てんか)形」の例(「買います」を例に)

小説の具体的な文脈から、待遇表現の使い方を分析されるのはユニークですね。

方言研究では現地調査が王道と言われ、小説を使う方法は主流ではありません。あらかじめ準備した調査項目を現地の人に尋ねるアンケート方式がよく用いられる方法です。他には、談話を録音して文字に起こして分析する方法もあります。ですが、こうした方法だと調べにくい部分があるのです。

例えば、談話録音の調査では、「相手を罵って喋ってください」と言ってもなかなか難しいです。また、アンケート調査では、こういう言葉を使っていると思う、という意識を聞くことになるので、必ずしも実態を反映するとは限りません。「『のう』という言葉を使いますか」と調査対象者に聞くと、「使いませんのう」と答えた、というような笑い話もあります。

一方、小説は、小説家が登場人物にセリフを言わせているので自然会話ではありませんが、文脈が詳しく書き込まれていれば、「こういう時にこんな人物がこんなふうに言う」ということが把握できます。江戸時代など昔の言葉は、録音が残っているわけではないので、小説的なものを調べるしかありませんが、現代の言葉を調べるには、アンケートや談話録音が良い方法で、小説は代替手段だと思われてきました。しかし私は、小説ならではの利点があると考えています。文脈がきちんと書き込まれた小説を使えば、さまざまな文脈における自然な感じの会話を得られるというのが、小説を資料として使う理由です。

 
本書では、方言の運用をみる上で、「ことばの調整」という捉え方を提案されています。「ことばの調整」とは、どのような意味でしょうか。

まだ仮説的な考えですが、話し手はその場その場で、自分が相手にどう見えるかも意識しながら言葉を発していて、「ことばの調整」はその細やかな運用を指すものとしています。言葉のバリエーションが生じる要因には、男女差や年代差、職業差が挙げられることが多く、そこからはみ出すものは、「個人差にすぎない」「偶然出てきたもの」と考えられ、分析の対象にはあまりされてきませんでした。単なる個人差や偶発的現象として等閑視するのではなく、話し手がその場に合わせて発した言葉の動的な面を重視し、観察しようというのが「ことばの調整」を提案した趣旨です。性差・年代差・職業差などで単純な定式化をするのではなく、ある程度の複雑さを持ったまま、緩やかな規則として提示できるのではないかと考えています。

研究室には、方言に関する書籍や資料が数多く保管されている

例えば、「デッシャロ」「マンネン」というデスマス転訛形は、中年のおじさんが使っていると思われがちですが、東大阪市のアンケート調査では、20代の女性でも「冗談や独り言でなら使う」という回答が結構あったのです。最近の関西のインタビュー調査では「自分の言葉として毎日使うのではないけれど、よく分かるし、使うこともある」「大人になってから意図的に使うようになった」という30代・40代の男女がいました。潜在的レパートリーとしてこうした言葉を持っていて、状況によって使うことがあるのだとみています。

■洒落本や滑稽本から罵り表現を研究

若い人が意図的に「デスマス転訛形」を使うのは、現代社会と何か関わりがあるのでしょうか。

「デスマス転訛形」は丁寧さを示す「デスマス」と、くだけた形とを組み合わせているので、丁寧でありながら親しみも表わしているわけです。現代社会で大人として生きていく際に、丁寧さと同時に親しみも示しながら上手に交渉したいとか、円滑なコミュニケーションができる自己を表現したいなどというニーズを満たすために、若い層も使える言葉なのだと思います。


村中先生の研究テーマである方言学の面白さは、どこにあると思われますか。

現代は標準語が全国に行き渡り、伝統的な方言は消えつつありますが、地域的特徴のある文末表現やイントネーションはまだ使い続けられています。言葉は単なる伝達の道具ではなく、人の意識や考え方、愛着などが反映される複雑なものであるが故に、方言が残るのだと考えられます。その複雑さを解き明かすのが面白いです。

私はもともと法学部の学生でしたが、落ちこぼれて留年してしまい、将来も見えないまま、興味のある文学部の授業を受ける中で、社会言語学の講義に出会いました。その講義で先生が「ありませんの「ん」は関西弁」「男性は女性よりも非標準的な形を使う傾向がある」「言葉は一人一人違うのが前提」などと説明され、面白くてたまらず、先生の説明と、そこから思いついたことをノートにせっせとメモしました。その後、大学院の文学研究科に進み、その先生は私の指導教官になりました。

最後に、現在、取り組んでおられる研究や、今後の抱負を教えてください。

今、罵り表現に的を絞った研究を進めています。江戸時代の洒落本、滑稽本や明治・大正の落語資料や小説などをもとに、歴史的な流れも見ながら、罵り表現の存在意義を確認し、理論化を進めようという目論見です。関西方言を中心としていますが、上方洒落本と江戸洒落本の比較もして、関西の文化的特徴にまで切り込めればと思っています。
もう一つは、「デスマス転訛形」の研究範囲を広げて、「デスマス」と方言の組み合わせのパターンを関西以外の地域でも見ていきたいです。「デスマス」についての研究は多いですが、「デスマス」と方言を組み合わせた研究はあまりないので、意義があると思っています。

プロフィール)

むらなか・としこ/大阪大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(文学)(大阪大学)。
専門は社会言語学・方言学。