著者インタビュー

第5回 『まちづくりのコーディネーション—日本の商業と中心市街地活性化法制』

角谷嘉則(経済学部教授)

現場に赴いて直接話を聞くことを重視し、地域経済やまちづくりを研究している経済学部の角谷嘉則教授。単著として2冊目となる『まちづくりのコーディネーション—日本の商業と中心市街地活性化法制』(晃洋書房)について聞きました。

■人に着目してまちづくりを分析

『まちづくりのコーディネーション—日本の商業と中心市街地活性化法制』は2021年12月に発行されました。最初に、本書を出された目的をお聞かせください。

本書の目的の一つは、まちづくり3法の一つとして注目された中心市街地活性化法を総括することです。1998年にできた法律で、私は2000年からこの法律の研究を始めたのですが、今では形骸化してきており、そろそろまとめたいという思いがありました。もう一つは、20数年間、商業におけるまちづくり会社もずっと研究してきたので、まちづくり会社を分析する視点も伝えたいと思いました。流通政策や商業政策の分野では、まちづくり会社の位置づけや分析がほとんど進んでいなかったので、そのところでオリジナリティーを出したいと考えました。

本書はいくつかの論文を元に構成されています。その中でも、特に重要な論文についてご説明いただけますでしょうか。

2021年に『桃山学院大学経済経営論集』62(4)に掲載した「中心市街地活性化法における政策実施過程とコーディネーションの分析——長浜市の株式会社黒壁を事例として——」です。実は、2009年に『株式会社黒壁の起源とまちづくりの精神』(創成社)という本を出していて、学会の先生たちの私へのイメージは「黒壁の研究をしている人」でした。その後、黒壁はどうなったのかをよく聞かれていたのですが、全体的に売り上げが落ちていたことなどから、論文にしていなかったのです。『株式会社黒壁の起源とまちづくりの精神』では民間企業の立場から書いていたので、経済経営論集の方は長浜市がどのようにまちづくり会社に関わったのかという視点で捉えました。この論文を元に、『まちづくりのコーディネーション』の序章を構成しています。

黒壁本館(滋賀県長浜市)

長浜には、黒壁の出資者の中心となった「光(こう)友(ゆう)クラブ」という勉強会があり、私はその組織に入り、状況を観察しながら研究する活動を続けています。光友クラブは、長浜に生まれた思想家で京都に一燈園を開いた西田天香さんの勉強会で、もともと私は天香思想が若手経営者にどう影響を与えたかにも関心があり、以前から参加していたのです。今でも月に1回くらいは長浜に行っています。

著書のタイトルにもある「コーディネーション」という言葉は、介護やスポーツなどいろいろな分野で使われています。そもそも、まちづくりにおけるコーディネーションとは、どのような概念ですか。

まちづくりでは実は、「コーディネーション」という概念はあまり使われていません。だからこそ、新しい定義を使っていきたいという思いがありました。制度派経済学という分野ではコーディネーションの概念を、「企業組織内で情報をやりとりして共有する組織的な仕組み」というふうに定義しています。私個人としては、コーディネーションは企業活動における情報共有だけではないと思っていたところ、しっくりと来たのが社会福祉分野で使われる「ボランティアコーディネーション」の考え方でした。こちらはもう少し広く、多様な人と人をつなぐ役割と捉えられています。私は前職の大学で、ボランティアコーディネーターを養成する講座を担当したことからボランティアコーディネーションを学び、この概念を商業の分野に活用すればどうなるだろうと考えるようになりました。本書では、コーディネーションを、個人間、個人と組織間、組織間のつなぎ役となるキーパーソンに焦点を当てて働きかける機能のことを指しています。

商業と社会福祉の分野は別世界のようですが、今、小売店が減っている商店街に福祉施設や介護の卸の会社などが入る動きがあります。先進的な取り組みをしている商店街ほど、商店街をあげて福祉関係の事業者を誘致したり、自分たちでNPO法人を作って介護ビジネスを始めたりしています。コミュニティ・マート構想(中小企業庁が商店街活性化のために提言したコミュニティ機能に着目した支援策)という流通政策が1980年代から作られますが、まさにその流れと一致しています。
本書のⅡ部では、食べ歩きイベントの「伊丹まちなかバル」の事例が紹介され、4人のキーパーソンによるコーディネーションの分析が興味深かったです。タウンマネージャー(まちづくりを実践する重要人物)の役割を果たした女性が、元は主婦だったことに驚きました。キーパーソンを分析する意義をお聞かせください。

キーパーソンは、必ずしも1人だけではありません。商店街会員、行政職員、商工会・商工会議所職員、民間企業社員、NPO職員など複数が該当する場合もあります。伊丹市の場合は、元主婦がタウンマネージャーの1人でした。彼女は当初ボランティアとして参加し、スタッフ間や店舗間をつなぐようなコーディネーターの役割を果たし、最後はイベント事務局であるNPO法人の理事長に推されて務めました。

伊丹まちなかバルの事例では彼女を含め4人のキーパーソンを取り上げました。イベントで中心になった人は誰か、その人たちはどういう役割を担ったのか、その情報伝達はどこからどう行われていったのかという主要なパターンを分析することで、全体のつながりを可視化できるのではないかと考えました。研究は話を聞いた人の視点で書いていくので、縦割りの中だけで分析すると時間的な経過や、因果関係が部分的にしか見えないと思うのです。キーパーソンの4人ですべてが回ったとは考えていませんが、複数のキーパーソンのつながりや、そのつながりがあったからこそ成り立ったことを明らかにすることで、因果関係をもう少し論理的に記述できると思いました。

伊丹市で開催したバルサミットの様子

現場に入って、人と深く関わらないとできない研究だと思います。本書の中で、角谷先生は「まちづくりで重要なのは人づくり」と述べられています。その考えに至ったきっかけは、何だったのでしょうか。

先にお話しした勉強会の光友クラブで事務局をされていた故石井英夫さんから、まちづくりには人づくりが重要だということを教わりました。その方はとても経営力のある理容師・美容師で、美術を愛し、応援したい作家さんの作品を企業に買ってもらうよう働きかける篤志家でもあり、自分でも作品を作られ、人づくりに関するいろいろな勉強会を開かれていたんです。光友クラブの勉強会で講師を務めた長浜の有力者らと、石井さんとのつながりから株式会社黒壁は始まりました。石井さんは50代で亡くなられましたが、まちづくりに大きな影響を残しました。

本書では多くの方に聞き取り調査を行い、アンケート調査も実施されています。調査・研究をする上で、どのようなご苦労がありましたか。

集まった資料でしか書けないところに一番苦労します。「伊丹まちなかバル」では商店街の会長に協力を得て会員に郵送によるアンケート調査をしましたが、全部は返ってきませんでした。特に飲食店を分析したかったのに、その比率があまり多くなかったです。こればかりは仕方がありませんね。ただ、調査結果は協力者にお返しすべきだと思うので、その内容を伝えていますし、お話を伺ったところには冊子にまとめたものをお渡ししています。私の論文では結構、個人名を上げることが多いので、その方たちには書く内容を事前に確認してもらっています。

■まちづくりにおける車の捉え方がコロナ禍で変化

ところで、新型コロナは今も収束のめどが立っていません。まちづくりの考え方は、どのように変わってきていますか。

まちづくりの現場としては、おそらく考え方はそれほど変わっていないと思います。ただ、商店街の売り上げはかなり悪くなっていて、撤退しているお店も多いです。特に大阪は外国人観光客が戻ってこないと、売り上げの回復は厳しいでしょう。
変わったところとしては、まちづくりにおける車の捉え方です。パークアンドライドのように街中には車を入れず公共交通機関を使う、というのがまちづくりの発想ですが、コロナ禍においては公共交通機関よりも車で移動する方が安心と思われてしまっています。車がないと生活が成り立たないのであれば、EVを中心に無人化したモビリティを増やすことを考えていかないといけないのではないかと今、思っているところです。

「まちづくり」には、「人づくり」と「つながり」が重要です(角谷教授)

これからの時代に、まちづくりで成果を出すには何が必要だとお考えでしょうか。

単刀直入にいえば、経済的な成功はソーシャルキャピタル(社会関連資本)の影響が大きいと思います。ソーシャルキャピタルの概念は、アメリカの政治学者、ロバート・パットナムが有名です。彼はソーシャルキャピタルには、ネットワークと規範と信頼が必要と言っており、例えば市民がサークルに参加したり趣味の活動をしたりする団体が多ければ多いほど人間関係が豊かになり、行政のパフォーマンスは大きくなって、経済活動が発展するという研究をイタリアで実証しました。

■BIDについて英語で本を書きたい

まちづくりを研究する面白さは、どこにあると思われますか。

人に話を聞くことが好きで、聞いた人の本当のところが見えた時に、面白さを感じます。以前は、どうすれば成功するのかといった成功法則への関心が強かったのですが、もう一歩先に進んで、この人はなぜその時にそのような判断をしたのだろうと興味を持つと視点が広がり、本質が見えてきます。

最後に、現在、取り組んでおられる研究や、今後の抱負を教えてください。

本書の最後の方に書いているBID(Business Improvement District/ビジネス活性化地区)を調べています。日本では初めて大阪市に日本版BIDといわれるものが作られましたが、あまり広がっていません。イギリスやアメリカでは広がっている制度なのに、なぜ日本では進まないのか。イギリスで話を聞き、イギリスの視点でBIDについて調べてみることも検討中です。イギリスで共同研究するメンバーが何人かいるので、その仲間たちと英語で本を書ければいいなと思っています。

今後は、イギリスでの調査も検討しています
(写真は、過去にイギリスで調査をしたときのもの。現地の市の担当者と。)

プロフィール)

すみや・よしのり/専門は地域経済論。研究テーマは商業におけるコーディネーションの研究。単著に『株式会社黒壁の起源とまちづくりの精神』(創成社)がある。