第13回 『アントレプレナーシップ教育』
稲田優子(ビジネスデザイン学部 准教授)

将来の予測が難しい現代社会で、社会の課題を解決し、価値を創造するために注目されているのがアントレプレナーシップ教育です。ビジネスデザイン学部の稲田優子准教授は、国内外のアントレプレナーシップ教育を比較し、現場を訪れて効果検証したこれまでの成果を『アントレプレナーシップ教育』(関西学院大学出版会)にまとめ出版しました。稲田准教授に本書への思いを聞きました。
■外資系企業での実務から、アントレプレナーシップに興味
稲田先生は2025年2月に『アントレプレナーシップ教育』(関西学院大学出版会)を刊行されました。まず、アントレプレナーシップ教育に興味を持たれたきっかけをお聞かせください。
私はこれまでに、日系と外資系企業で10年以上の実務経験があります。日系企業では、ものづくりの大切さやチームワークで信頼を築くことを学びました。外資系企業で働いていた時に、Learning by doing(ラーニング・バイ・ドゥーイング)という、物事を進めながら学ぶことを経験しました。新規事業を任され、その日に起きたことはその日に決断し、1週間以内に行動に移すスピード感が求められました。新たな価値を生み出すには意思決定の速さが必要だと実感しました。スタートアップの考え方、意思決定の仕方、行動することが大切だと身に染みました。そのような経験から、アントレプレナーシップ(起業家精神)に興味を持ち、実際にその教育を受けてみたいとの思いから、スペインのIE Business Schoolで学ぶことを決めました。
お話を伺った、稲田優子 ビジネスデザイン学部准教授
なぜ、スペインのIE Business Schoolを選ばれたのですか。
アントレプレナーシップ教育が有名で、世界80カ国以上の学生と一緒に学べるからです。自分の人生の中で、多国籍な人たちがいる環境に身を置いてみたかったですし、みんながマイノリティという中で、いかに協力して物事を進めていくかを学べました。
■国内外で先端的な10大学の取り組みを比較
本書の第3章では、欧米日のアントレプレナーシップ教育の比較が論じられています。先端大学の事例として10大学【Harvard Business School、Stanford Business School、MIT Sloan Business School、Chicago Booth Business School、IE Business School、Kellogg Business School、Babson Business School、早稲田大学、九州大学、関西学院大学】が紹介されています。特にどの大学の取り組みに注目してほしいですか。
アントレプレナーシップ教育を遡ると、1947年にアメリカのHarvard Business Schoolからスタートしました。ヨーロッパでは1994年に始まり、日本で始まったのは2002年とまだ23年の歴史です。本書で紹介している10大学の取り組みは全て、皆さんに知っていただきたいですね。どの大学もアントレプレナーシップ科目や実践活動、支援センターがどのようになっているのかなどを明らかにしています。特に、自分が学んだIE Business Schoolについては詳しく述べています。
日本におけるアントレプレナーシップ教育は、アメリカや欧米と比べ歴史の浅い分野です。
私は機会があれば現地に行き、自分の目で見て感じたことを自分の中で咀嚼し、それをまとめて伝えることを大切にしています。事前に文献調査や各大学、大学院の教育パンフレットなどで情報を得ますが、実際に現場を見て現地でプログラムを受けている学習者や指導する先生に話を聞かないと、教育内容やどのような教育効果があるのかは見えにくいのではないかと考えています。
第4章では、アントレプレナーシップ教育の効果検証を、量的研究と質的研究の両方からアプローチされています。その理由をお聞かせください。
量的研究は、アンケート調査がメインです。学習者の知識や能力、態度について、授業前と授業後の効果などを数値で明確に示すことが必要であると思い、その効果検証をしています。一方、質的研究では、その数字からは見えない、実際の学習者の声を聞くためにインタビュー調査で深掘りしています。学習者の意見には「アントレプレナーシップ教育を受けたことで自分のキャリアが変わってきた」と言う人もあり、実際に起業した人もいます。また、起業思考を持ち、地域をよくするためにするべきことを考えるようになった人もいて、アントレプレナーシップ教育はキャリアに影響していることが伺えます。量的研究と質的研究の両方の視点から、アントレプレナーシップ教育の効果を調べることが大切だと思っています。
外資系企業での勤務をきっかけに、アントレプレナーシップ教育研究の道を目指した稲田准教授。
現在はビジネスデザイン学部で教鞭をとる傍ら、アントレプレナーシップ教育の研究を進めている。
最後の第6章では、「アントレプレナーシップ教育の価値創造」について書かれています。今後の課題にも触れられていますが、この章で稲田先生が最も伝えたいことは何でしょうか。
私が1番伝えたいのは、自ら課題を発見し、そこから新たな価値を生み出すことの大切さを認識することです。学習者は個人の自己探求、内省、研鑽を行うとともに、仲間と一緒に学ぶ協働学習(例えば、留学生と日本人学習者、理系と文系の学習者、A校とB校の学習者など)を通じて仲間と共感し、共創して社会課題を解決していく力を身につけられると考えています。
アントレプレナーシップ教育の価値創造(提供:著者)
アントレプレナーシップ教育を研究する面白さは、どこにあるのでしょうか。
学習者の自己探求と共創、個人学習と協働学習が両輪になることで、新しいものが生まれるところに魅力を感じます。インタビュー調査をすると、学習者それぞれにストーリーがあり、学びが多いです。アントレプレナーシップ教育には、学習者自身を幸せにする力があると思っています。
■本を刊行後に、アントレプレナーシップ教育の講演依頼も
本書を刊行された後、どのような反響がありましたか。
いろいろな反響があったのですが、愛知県立大学の教養教育センター長から講演依頼があり、2025年10月に「未来のアントレプレナーシップ教育に向けて」というテーマで教職員をはじめ学生に講演させていただきました。アントレプレナーシップ教育の歴史や定義、アントレプレナーシップ教育がもたらす価値、効果検証などを対話形式でお話しました。私が一方的に話すのではなく、質問を投げ掛けて隣の席の人と話し合ってもらったりしたのです。
特に感心したのは、学生たちの学ぶ姿勢です。メモを熱心に取り、「日本ではなぜ、アントレプレナーシップ教育をあまり受けられないのですか」など率直な質問をしてくれました。講演の後には、愛知県立大学の方で受講者にアンケートを取ってくださいました。教職員の方は、アントレプレナーシップ教育の歴史の長さに驚かれたり、自ら課題を探して価値を創造していく大切さを実感されたりしたようです。「講演を対話形式にしたことがよかった」という声も多かったですね。今後は、愛知県立大学の教職員の方が、本学の授業を見学するなど視察で来られる予定です。とてもよい学術交流ができることをうれしく思います。
愛知県立大学で実施された、
「未来のアントレプレナーシップ教育に向けて」で登壇する稲田准教授
(提供:愛知県立大学)
桃山学院大学ビジネスデザイン学部でも、実践的な学びを重視されています。稲田先生がアントレプレナーシップ教育の研究から得た知見は、学部の教育にどのように生かされているのでしょうか。
ビジネスデザイン学部は、産学官連携におけるPBL(課題解決型授業)を重視しています。実践は1年次から始まり、20社以上の衣食住に関わる企業・団体から課題をいただき、学生がチームで協力しながら、解決策を考えて発表します。取り組みごとにチームのメンバーが変わるのでチームで協働する力がつき、社会人になるとその経験がより生きてきます。もちろん、個人の能力も求められますし、先に述べたように個人学習と協働学習の両輪が必要だと思っています。理論と実践の両方を学びながら、最終的に卒業研究としてまとめます。
私のゼミ生は、3年次生16人と4年次生19人。学生それぞれが自分でやりたいテーマを選び、先行研究を読み、課題を探し出し、仮説検証してそこから何が言えるのかを提案することに重きを置いています。実際に新規ビジネスのプロトタイプ(試作品)を作成し、どう解決すればいいかに取り組みます。自ら課題を見つけるのはとても難しいことですが、「自分の人生を自分でデザインしよう」を目標に掲げています。入学時に自信が持てなかった学生でも経験を積み、3、4年次生になると堂々と発表できるようになり、自信がついたことを認識する学生が多いです。
稲田研究室の前に設けられた棚には、アントレプレナーシップ教育に関する本が並ぶ
現在、取り組んでおられる研究や、今後の抱負を教えてください。
今、進めている研究の一つは、実践から学び始める本学ビジネスデザイン学部の教育効果を検証することです。学生が何を学び、どのような成果が出たのかなどのインタビュー調査をしています。また、アントレプレナーシップ教育の海外比較、社会課題に重点を置いたソーシャル・アントレプレナーシップや、STEAM(スティーム)教育(科学、技術、工学、芸術、数学の複数の分野を統合的に学ぶ教育)の研究をすることを考えています。今後、イギリス、カナダ、韓国にいらっしゃる先生と国際共同研究をする予定です。
プロフィール
いなだ・ゆうこ/コクヨ株式会社、Amazon Japan G.K.、関西学院大学国際教育・協力センター専任講師を経て、2021年4月より現職。博士(先端マネジメント)。研究テーマはアントレプレナーシップ教育、異文化間教育、オンライン協働学習における教育効果。
