2020年度 卒業証書・学位記授与式式辞
皆さん、ご卒業おめでとうございます。ご家族、ご親戚、関係者の皆様、おめでとうございます。桃山学院大学の教職員を代表し、心よりお祝い申し上げます。
この1年は、世界中が新型コロナウイルス感染症のために苦しみました。皆さんにも突然の遠隔授業、クラブ・サークルの中断など、いろいろなご苦労をおかけしました。我慢することも多かったと思います。この1年、よく頑張ってくれたと、心より感謝します。
ワクチン接種が開始されたとはいえ、まだまだつらい思いをしている方が沢山いらっしゃいます。1日でも早く平穏な日が戻ることを祈っております。
新型コロナウイルス感染症は多くの不幸をもたらすと同時に、働き方や生活様式の見直しを私たちに求めてきました。また、都心のオフィスを引き払い地方へ移転する企業もあらわれました。「満員電車に乗って会社へ行き、会議や書類作成をこなし、また満員電車に乗って帰宅する、この行為そのものが仕事である」という考えは、もはや通用しません。「働くスタイルは自由だが、仕事の真のミッションを果たさなければ働く意味がない」、今後はこのような考え方が浸透するでしょう。では、これからの社会における仕事のミッションとは一体何でしょうか。
これまでの日本を振り返ってみれば、多くの先人たちが頑張って働いてきたおかげで、私たちの生活は物質的にとても豊かになりました。「物が豊かな社会をつくる」という仕事のミッションは、もはや果たされたといえるのではないでしょうか。では、これからの仕事におけるミッションは、どのようなものになっていくか。それは「物ではなく、心が豊かな社会をつくる」ということになっていくのだと思います。「心が豊かな社会」とはあまりにも大きなテーマですが、そのことに関連することとして、今日は皆さんに次のメッセージを送りたいと思います。
「アーティストとして生きてください。」
このように言うと、「えっ、私、別に音楽をやっていませんが」と思った方がいるかもしれません。ここでいうアーティストとは、音楽や美術に直接関係ありません。アーティストの特徴は、その精神にあります。「結果はどうなるかわからないが、今、社会に向けてこれを発信したい。これをやりたい。やらずにはおられない。」というパッションです。このパッションに突き動かされて行動する人のことを、アーティストと言っているのです。
ここで、このようなアーティストの一人を紹介したいと思います。皆さんは、イギリスのトム・ムーアさんをご存じでしょうか。ムーアさんは、昨年4月、100歳の誕生日を目前に、ある募金活動を始めました。それは、医療サービスを無料で提供する国民保健サービスNHSのスタッフを支援するための募金です。ムーアさんは、自宅の庭の端から端までの約25メートルを歩いて100往復することをネットで宣言し、そのチャレンジに共感した人からNHSへの寄付金を集めようとしました。ムーアさんは高齢の身体で、歩行器を使いながら、ゆっくりと、しかし、しっかりした足取りで、毎日5往復を続けました。
寄付金の目標金額は当初1000ポンド、約14万円でしたが、口コミで賛同者は広がっていき、イギリスBBC放送のラジオ番組に出演したことをきっかけに寄付金は急増しました。4月30日の100歳の誕生日には、なんと3000万ポンド、約43億円が集まりました。最終的には150万人以上の人がムーアさんに共感し、寄付したのです。このお金は新型コロナウイルス感染者であふれかえるNHSの施設や退院した患者さんを支援する活動に充てられました。
残念ながらムーアさんはこの2月に亡くなりましたが、ご息女は「父の人生の最後の1年はこの上なく幸せなものでした。父は若返り、夢を経験できました。」と振り返っておられます。
私もムーアさんのチャレンジを聞いたときは感動しました。そしてさらに感動したのは、150万人以上の人がムーアさんに共感して寄付したという事実です。人はムーアさんの何に共感して寄付したのでしょうか。考えてみればムーアさんは役立つことは何もしていません。ただ、自宅の庭を歩いただけです。しかし、そこには強いパッションがありました。ムーアさんは次のように言っています。「NHSの人たちはとても勇敢です。なぜならば毎日、朝から晩まで自分の命を危険にさらしているからです。ですから、彼らがもっと良い仕事ができるように、必要なものを何とかして提供しなければなりません。」その強い想いから、ムーアさんは高齢の自分でもできることとして、庭を歩くという募金活動を考え、実行したのです。何かせずにはおられなかったのでしょう。150万人以上の人が共感したのは、このパッションです。「結果はどうなるかわからないが、NHSの人のために何かしたい」ムーアさんは社会に向けて自分の心を発信した、まさにアーティストだったと思います。
これは簡単なようでなかなかできることではありません。人は、たとえば、会社の売り上げを伸ばすためや、競争に勝つためといったような理由で、やりたくないことをやることがしばしばあります。しかし、これでは他人の共感は呼べません。「結果はどうなるかわからないが、みんなのためにこれをやりたい!」というパッション、このパッションに人は共感するのです。なぜならば、多くの人が、自分もそのようなパッションを持って生きたいと思っているからです。ですから、このようなパッションが共感を呼び、そして共感が繋がっていった時に、心が豊かな社会ができるのでしょう。
これからの社会で、皆さんも「人のためにこれをやりたい」と思えるものをぜひ見つけて取り組んでください。そして、素晴らしい社会のアーティストとなって、心が豊かな社会を作っていってください。桃山学院大学の卒業生ならばきっとできると信じています。頑張ってください。
2021年3月17日
桃山学院大学 学長
牧野 丹奈子